富山ぼっち旅 その5(氷見編)

旅行

氷見を北へ

まだ夜明けには遠かったが,ここよりももっと東の太平洋側の大地は夜明けを迎えていて,その明かりが遠く離れた日本海に面したこの空を高く薄く照らしているようだった。暁暗の国道をときどき照らす車の明かりが瞬間的に強く点いては消えた。

身支度を済ませて水分を補給すると,地図に目を落とした。今日は進路を北へとり,とほで能登半島の七尾方面に向かう。

先ほどより近づいた太陽はすこしづつその勢いを増して,近くに迫った荒々しい立山連峰の稜線を黒くくっきりと際立たせていた。

氷見の市街地を南北にまっすぐに貫く国道を北に向かうと,だんだんと里の風景が色濃くなっていく。この先,道は右手に折れて富山湾に近づき,湾のすり鉢状の縁をなぞるように北に進む。

静かな朝焼けはこれから徐々に近づく大きな嵐を微塵も感じさせないものだった。

海沿いまで低い山が迫っているためか,この国道には比較的あたらしい隧道がある。

隧道の手前を右手の海側に入っていく道は旧道と思われる。旧道の左側は急斜面の山が迫っており,海とのわずかな隙間には民家が並んでいる。道は車がようやくすれ違えるだけの幅だが,隧道が出来る前はこの道が七尾につづく唯一の国道だったのかもしれない。

隧道からの道と旧道が交差するあたりに,おそらくこの辺りにはここにしかないであろうと思われる海に面したコンビニエンスストアでサンドイッチと牛乳を買った。

ここからは海沿いに曲がりくねった小さな起伏といくつかの切通しの道が続いた。

目指す日帰り温泉は,「ホテル うみあかり」さんの横の私道をすこし登った高台にあった。

受付でタオルを買って建屋を奥に向かって進むと窓際には椅子がならび,テレビを備えた休憩室ともう一つの廊下を挟んだその先にも休めそうな部屋がみえる。どことなく武家屋敷のようなつくりがひなびた温泉場の雰囲気を醸しだしている。

左手に折れて2つの廊下が合流がするあたりの海側に脱衣所がある。洗い場と風呂の床は石造りで天井がすこし高く海側に大きな窓がある。洗い場の奥の木の扉は換気のためかすこし開かれていて,この建屋全体を包み込む木々の緑が見える。

世界的な感染症の流行により,朝の軽めの散歩と週末早朝の買い物以外はほとんど外に出ることがない生活を2年間続けてきた。その状態も徐々に緩和され,対策をしていれば国内の移動は気兼ねなくできるようになってきた。

自然災害や伝染病・感染症は人類がある日突然おそわれる悲劇で,これまでにも多くの困難にあってきたが,どんなに文明が発達してもこれらが克服されることは無いのかもしれない。閉塞感のある生活も慣れてしまえばそこには愉しむべきものや癒しがあり,人前に出ることが奥手な人間にはそれほど鬱々となるようなものではなかった。

おそらくホテルの宿泊客であろう人たちと,仕事の前後に近所から車でやってきた人々で早い時間にも関わらず以外にもこの温泉は賑わいを見せている。廊下の窓際にある椅子に座って自動販売機で買った瓶のコーヒー牛乳をすこしづつ飲んで,しばらくは温泉の余韻に浸ることにする。

高台から見下ろすと,木々の間から富山湾とその彼方の立山連峰の稜線が眩しい。

坂をくだり,富山県と石川県を富山湾沿いにつなぐ国道を石川県側にすこし進んだところにバス停がある。

午前の陽光を浴びた海原は,日本列島の西側に近づく大きな嵐のきざしかところどころ白波が立っている。対岸にはおそらく魚津市や黒部市があり,ここと直線で結ぶあたりが富山湾が日本海に臨む入り口部分になるのだろう。

七尾方面から湾曲する切通しを登ってくるバスがゆっくりと近づいた。バスの席に着くとまもなく,ぽかぽかの温泉の余韻ととほの疲れで心地よい眠りに誘われた。

(つづく)

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